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札幌地方裁判所 昭和39年(ワ)724号 判決

第二九八号事件原告・第四五六号事件被告(以下単に原告という) 乙坂甚伍

第七二四号事件原告・第四五六号事件被告(以下単に原告という) 松村喜代松

第二九八号事件被告・第七二四号事件被告・第四五六号事件原告(以下単に被告という) 清藤直栄

第二九八号事件被告(以下単に被告という) 佐藤富治

第七二四号事件被告(以下単に被告という) 田端よしゑ

主文

一、第二九八号事件

被告清藤直栄は原告乙坂甚伍に対し、別紙第一目録記載の土地につき昭和二五年九月九日の売買に基づく所有権移転登記手続をせよ。

被告清藤直栄は別紙第二目録記載の土地につき北海道知事に対し原告乙坂甚伍への所有権移転の許可申請手続をせよ。

被告清藤直栄は原告乙坂甚伍に対し右知事の所有権移転の許可があつたときは、右土地につき売買に基づく所有権移転登記手続をせよ。

被告佐藤富治は被告清藤直栄に対し別紙第一目録の土地につきなされている札幌法務局昭和三八年一月二六日受付第五二〇一号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。

二、第七二四号事件

被告清藤直栄は別紙第三目録記載の土地につき北海道知事に対し原告松村喜代松への所有権移転の許可申請手続をせよ。

被告清藤直栄は原告松村喜代松に対し右知事の所有権移転の許可があつたときは右土地につき売買に基づく所有権移転登記手続をせよ。

原告松村喜代松の被告田端よしゑに対する請求を棄却する。

三、第四五六号事件

被告清藤直栄の原告乙坂甚伍、同松村喜代松に対する請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用中、原告乙坂甚伍、同松村喜代松と被告清藤直栄との間に生じたものは同被告の負担とし、原告乙坂甚伍と被告佐藤富治との間に生じたものは同被告の負担とし、原告松村喜代松と被告田端よしゑとの間に生じたものは同原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一、第二九八号事件

原告ら訴訟代理人は右事件の主文同旨の判決を求め、被告清藤、佐藤両名訴訟代理人は右原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

二、第七二四号事件

原告ら訴訟代理人は右事件の主文第一、二項と同旨の判決および被告田端は原告松村に対し別紙第三目録記載の土地につきなされている、(一)札幌法務局昭和三八年一一月九日受付第九九三〇五号所有権移転請求権保全仮登記、(二)、同法務局同日受付第九九三〇四号抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告清藤、同田端の負担とするとの判決を求めた。被告ら訴訟代理人は右原告の請求を棄却するとの判決を求めた。

三、第四五六号事件

被告ら訴訟代理人は、原告乙坂は被告清藤に対し別紙第二目録記載の土地を、原告松村は被告清藤に対し同第三目録記載の土地をそれぞれ引渡せ。訴訟費用は原告乙坂、同松村の負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言を求めた。原告ら訴訟代理人は、右事件の主文同旨の判決を求めた。

第二原告ら訴訟代理人は第二九八号、第七二四号事件の請求の原因としての次のとおり述べた。

一、第二九八号事件

(一)  原告乙坂は訴外乙坂甚吉を代理人として昭和二五年九月九日被告清藤から別紙第一、第二目録の土地および同第四目録の建物を代金合計二五万円、右第二目録の土地は農地であるところから北海道知事に対し所有権移転の許可申請手続をなし、右許可を効力発生の要件として買受ける契約をし、右同日内金一〇万円、同年一〇月一一日残金一五万円を支払い、同年一一月一〇日頃右各不動産の引渡を受け、同年一一月二〇日右建物に移り住み、爾来右農地を耕作している。

(二)  右第一目録の宅地には、被告佐藤を権利者とする札幌法務局昭和三八年一月二六日受付第五二〇一号をもつてなされた同三七年一二月二〇日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がある。しかしながら、

(1)  右売買予約は被告佐藤と同清藤とが通謀してなした虚偽の意思表示によるものであつて無効である。

(2)  かりに右主張が認められないとしても、被告清藤は右宅地を原告乙坂に売渡した以上、他に譲渡を目的とした売買予約をしてはならない義務を負担しているのにかかわらず、敢て右義務に違背して被告佐藤に対し売買予約をしたものであり、右行為は背任罪を構成し、公序良俗に反し無効である。

(三)  よつて原告乙坂は被告清藤に対し、別紙第一目録の宅地につき所有権移転登記手続を求め、同第二目録の農地につき北海道知事に対し原告乙坂への所有権移転の許可申請手続および右知事の許可があつたときは右農地につき売買に基づく所有権移転登記手続を求める。

また、原告乙坂は被告清藤に代位して、被告田端に対し第一目録の宅地につきなされている前記仮登記の抹消登記手続を求める。

二、第七二四号事件

(一)  原告松村は訴外清野留八を代理人として昭和二六年四月一七日被告清藤から札幌市北の沢一八一九番地の二畑六反一二歩(五九九〇・〇八二六平方メートル)を代金七万円、支払期日同年一二月末日とし、右土地は農地であるところから北海道知事に対する所有権移転の許可申請手続をなし、右許可を効力発生の要件として買受ける契約をし、右四月一七日内金一万円、同年七月九日内金三万円、同年一〇月三日内金五、〇〇〇円、右の頃内金五、〇〇〇円、同年一〇月一六日内金一万円、右の頃内金一万円、合計金七万円の支払をし、右畑の引渡を受けた。

(二)  その後原告松村が昭和二七年四月上旬頃右畑を耕起したところ、被告清藤の姉婿訴外藤田幸三郎より苦情が出たので、同年五月下旬頃原告松村は右藤田との間に、右畑の内一反一畝一歩(一〇九四・二一四八平方メートル)を同訴外人に無償譲渡する旨の和解をなし、爾来その余の土地である別紙第三目録の農地を耕作している。

(三)  右第三目録の農地には、被告田端を権利者とする札幌法務局昭和三八年一一月九日受付第九九三〇五号をもつてなされた同年一一月八日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記および同第九九三〇四号をもつてなされた右同日金銭消費貸借契約についての同日抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記がある。しかしながら、

(1)  右売買予約および抵当権設定契約は被告田端と被告清藤とが通謀してなした虚偽の意思表示によるものであつて無効である。

(2)  かりに右主張が認められないとしても、被告清藤は右農地を原告松村に売渡す契約をした以上、他に自己の利益のために抵当に入れたり譲渡を目的としての行為をしてはならない義務を負担しているのにかかわらず、敢て義務違反の行為に出たのは背任罪を構成し、公序良俗に反し無効である。

(四)  よつて原告松村は被告清藤に対し別紙第二目録の農地につき北海道知事に対し原告松村への所有権移転の許可申請手続および右知事の許可があつたときは右農地につき売買に基づく所有権移転登記手続を求める。

また、原告松村は北海道知事の許可を条件として右農地の所有権を取得すべき期待権を有しており、しかもこの権利は前記売買予約、抵当権設定契約ならびにこれを原因とする各登記により現に侵害されつつあるから、原告松村の被告清藤に対し有する右期待排除請求権に基づき、同被告に代位して被告田端の前記各登記の抹消登記手続を求める。

第三被告ら訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、第二九八号事件について

(一)  原告乙坂の請求原因(一)の事実中、被告清藤が別紙第四目録の建物を原告乙坂に対し売渡し、代金の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実中、右原告主張のごとき仮登記があることは認めるが、抹消登記義務があるとの主張は争う。

右仮登記をした事情は次のとおりである。即ち、別紙第二目録の農地は昭和二五年六月一四日被告清藤が自作農創設特別措置法(以下自創法という)第一六条の規定により訴外国から売渡を受けたものである。ところが、札幌市農業委員会の元農業委員である訴外安斉は被告清藤に対し、この土地はもと自分がお前にとつてやつた土地で国がこれをとりあげてしまうから所有権を放棄してしまえと数年前から再三にわたり強要する一方、同農業委員会事務局の担当者も右委員に同調して同趣旨のことを被告清藤に強要するので、同被告は困惑したが、同被告は農地関係の法規に通じないし、かつ右のような交渉を度々受けるのは煩にたえられないことであり、訴外国に引きあげられて僅少な対価を交付されるにすぎないなら高価に他へ売却した方が得策であると考え、その売却手続を親類筋の被告佐藤に依頼した。そこで被告佐藤は売買の仲介人たる地位を確保するため、右土地に売買予約を原因とする自己のための所有権移転請求権保全の仮登記をしたが、これは専ら将来真実の移転登記をなす場合の便宜のために両者相通じてなした仮装の登記である。

二、第七二四号事件について

(一)  原告松村の請求原因(一)、(二)の各事実は否認する。

(二)  同(三)の事実中、右原告主張のごとき各登記があることは認めるが、その余の事実は否認する。

第四被告ら訴訟代理人は第四五六号事件の請求原因として次のとおり述べた。

一、被告清藤は昭和二五年六月一四日訴外国から別紙第二目録の農地を、同年四月六日同訴外人から同第三目録の農地をいずれも自創法第一六条の規定により売渡を受けその所有権を取得した。

二、原告乙坂は右第二目録の農地を、原告松村は右第三目録の農地をそれぞれ占有している。

三、よつて被告清藤は原告両名に対し所有権に基づきそれぞれの占有部分の引渡を求める。

第五原告ら訴訟代理人は答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、被告清藤の請求原因一、二の各事実は認める。

二、抗弁

(一)  原告乙坂、同松村は第二の一の(一)、同二の(一)、(二)記載のとおりそれぞれ第二、第三目録の土地を被告清藤から買受け、代金を完済し、その引渡を受け爾来十余年に亘りこれを耕作して現在に至つている。

(二)  原告両名は右各土地買受け後被告清藤に対し再三任意に知事に対する所有権移転の許可申請手続および所有権移転登記手続に協力するよう要請してきたが、同被告は右各手続が同被告の協力なくては円満に解決しないことを奇貨として原告両名に売買代金以外の不当な支出を暗に請求し、その後右各土地を含む札幌市近郊の土地ブームが起るや態度を一変して売買の事実すら否定し、本訴を提起するに至つたものである。

(三)  被告清藤は農家の生れであるが、学業を了えるや自動車運転手となり、終戦後登別温泉で稼働し、昭和二四年頃札幌市に転じてヤマトハイヤーその他に勤務し、数年前に独立して現在は個人タクシー営業をしている。前記各土地は従前被告清藤の母訴外ミワが小作していた関係で、被告清藤に売渡がされたが、同被告は右のように農業に従事せず、ミワは老令で耕作に耐えられず、他に農業に従事する家族もないところから、右各土地をいずれも歴代農業を営んでいる原告両名に売つて離農したものである。

(四)  農地の売買において知事の許可は法律行為の効力発生要件であつて、その成立の要件ではないから、知事の許可がなくとも契約の成立には何らの影響を及ぼすものではなく、売主は契約上当然に買主に対し、知事に対する所有権移転の許可申請手続および所有権移転登記手続に協力し、かつこれが引渡をなすべき義務があり、これらの義務の一端の履行として予め被告清藤の意思に基づき前記各土地の引渡が行われたものである。

(五)  これらの諸事情に照らすと、被告清藤の前記各土地の返還請求は権利の濫用もしくは信義則に反し許されない。

第六被告清藤訴訟代理人は、右原告両名の抗弁に対しつぎのとおり述べた。

(一)  右原告両名の主張は争う。

(二)  かりに被告清藤が原告乙坂、同松村に対しそれぞれ別紙第二、第三目録の各土地を売渡したとしても、右各土地は農地でありかつ北海道知事の所有権移転の許可がなされていない。右原告両名が知事の許可以前に当該農地に対する占有の移転を受けることは許されないから、原告両名は右各農地の占有を継続することは認められない。また、農地の売買は知事の許可を法定条件として成立し、許可以前に農地の引渡がなされても売買契約の効力は発生していないから、売主である被告清藤からその返還請求があつた場合買主である原告両名において売買契約による債務の履行として引渡を受けたことを理由として返還を拒むことはできない。

第七証拠関係〈省略〉

理由

第一、第二九八号事件について

一、証人脇坂貴美子、同乙坂甚吉の証言およびこれらによつて成立の認められる甲(一)の第一号証、鑑定人金丸吉雄の鑑定の結果および証人脇坂貴美子の証言によつて右脇坂貴美子が作成したものと認められる甲(一)の第二号証、成立に争いのない甲(一)の第四、第七(但し分筆、地目変更部分のみ)、第一六号証、甲第二〇号証の一ないし五、証人鈴木信郎(第一、二回)の証言およびこれによつて成立の認められる甲(一)の第一二ないし第一四号証、証人安斉幸作の証言、原告乙坂本人尋問の結果、鑑定人宮本茂樹の鑑定の結果を綜合すれば、原告乙坂はその実兄である訴外乙坂甚吉を代理人として昭和二五年九月九日頃被告清藤から代理権を授与された同被告の妻(当時)貴美子から別紙第一、第二目録の土地(第一目録の土地は当時川沿町一六四三番地の一畑二反歩(一九八三・四七一〇平方メートル)の一部であつた。)および同第四目録の建物を代金合計二五万円、右各土地は当時いずれも農地であつたところから北海道知事に対し所有権移転の許可申請手続をなし、右許可を効力発生の要件として買受ける契約をし、右九月九日内金一〇万円、同年一〇月一〇頃残金一五万円を支払い、同年一一月初頃右各不動産の引渡を受け、同年一一月二〇日頃右建物に移り住んだこと、その後昭和三六年八月一八日前記一六四三番地の一畑二反歩(一九八三・四七一〇平方メートル)は同番地の一畑一反三畝一五歩(一三三八・八四二九平方メートル、第二目録の(一)の土地)と同番地の四畑六畝一五歩(六四四・六二八〇平方メートル)とに分筆され、さらに同三七年四月一七日後者は別紙第一目録のとおり宅地一九五坪(六四四・六二平方メートル)に変更されたこと、原告乙坂は右各不動産の引渡を受けて以来別紙第二目録の農地を耕作していること、被告清藤は第二目録の農地を原告乙坂に売渡し代金全額の交付を受けておりながら売買の事実を否定し、暗に多額の金員を要求しかつ右農地の引渡をも訴求しており、前記知事の許可があつても任意に所有権移転登記手続をすることは期待できないことが認められる。右認定に反する被告清藤、同佐藤の各供述は前掲各証拠に照らし容易に信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。もつとも、前記甲(一)の第二号証(領収証)には「但し家代金」なる記載があるけれども、前記脇坂貴美子の証言及び成立に争いのない甲(一)の第四ないし第七号証、第二二号証、鑑定人宮本茂樹の鑑定の結果を綜合すれば、前記各土地は被告清藤が農地解放により昭和二五年六月一四日売渡の登記を受けたばかりでありこれを直ちに公然と他に転売することははばかられたことと、右売渡価格が時価に比し著しく低価であつたため前記売買代金二五万円中に占める土地代金の割合も多いものではなかつたところから、単に家代金とのみ記載したものであることが認められるから、前記建物及び土地の双方が売買の目的とされたと認定することの妨げとなるものではない。

そうだとすれば、被告清藤は原告乙坂に対し別紙第一目録の土地につき所有権移転登記手続をするべき義務並びに同第二目録の農地につき北海道知事に対し原告乙坂への所有権移転の許可申請手続及び右知事の許可があつたときは右農地につき売買に基づく所有権移転登記手続をする義務があるというべきである。

二、別紙第一目録の宅地に被告佐藤を権利者とする札幌法務局昭和三八年一月二六日受付第五二〇一号をもつてなされた同三七年一二月二〇日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは当事者間に争いがない。

ところで、被告ら訴訟代理人が仮登記原因として主張するところは、被告清藤は右土地を他に売却しようと考え被告佐藤に売却手続を依頼し、被告佐藤は売買の仲介人たる地位を確保するため前記仮登記をなしたこと、これは専ら将来真実の移転登記をなす場合の便宜のために両者相通じてなした仮装の登記であるというのであり、被告佐藤本人尋問の結果によれば右主張のごとき事実が認められ、他に右認定に反する証拠は存しない。右事実によると、右仮登記の原因たる売買予約は被告清藤、同佐藤の両者が相通じてなした虚偽の意思表示によるものであつて無効というのほかはない。

そうすれば、被告佐藤は同清藤に対し右仮登記の抹消登記手続をする義務があり、被告清藤に代位して右手続を求める原告乙坂の請求は理由があるものというべきである。

第二第七二四号事件について

一、証人脇坂貴美子の証言、原告松村本人尋問の結果およびこれらによつて右脇坂貴美子が作成したものと認められる甲(二)の第一ないし第四号証、成立に争いのない甲第二〇号証の一ないし三、第二二号証、官署作成部分については成立に争いがなく証人藤田幸三郎の証言および弁論の全趣旨によつてその余の部分の成立の認められる甲第二三号証の一、二、成立に争いのない甲(二)の第一六号証(但し分筆関係のみ)、前記甲(一)の第一二ないし第一四号証、証人鈴木信郎、同安斉幸作、同藤田幸三郎の各証言を綜合すれば、原告松村は訴外清野留八を代理人として昭和二六年四月一七日頃被告清藤から札幌市北の沢一八一九番地の二畑六反一二歩(五九九〇・〇八二六平方メートル)を代金七万円、右土地は農地であるところから北海道知事に対し所有権移転の許可申請手続をなし、右許可を効力発生の要件として買受ける契約をし、同年中に数回にわけて右代金七万円の支払をして右畑の引渡を受けたこと、その後右畑の耕作権をめぐつて被告清藤の義兄藤田幸三郎と原告松村との間に紛争が生じ、昭和二七年春頃農業委員のあつせんの結果右土地のうち一反一畝一歩(一〇九四・二一四八平方メートル)を右藤田に無償譲渡する旨約したこと、被告清藤も右話合に出席していたこと、右一反一畝一歩(一〇九四・二一四八平方メートル)は昭和二七年六月二八日北の沢一八一九番地の一一三として分筆登記されたこと、原告松村は爾来その余の部分である別紙第三目録の畑を耕作していること、被告清藤は原告松村に対しても売買の事実を否定し、暗に多額の金員を要求し、かつ農地の引渡をも訴求し前記知事の許可があつても任意に所有権移転登記手続をすることは期待できない事情にあることが認められる。右認定に反する被告清藤、同佐藤の各供述は前掲各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を動かすべき証拠はない。

そうすれば、被告清藤は原告松村に対し、別紙第三目録の農地につき北海道知事に対し原告松村への所有権移転の許可申請手続及び右知事の許可があつたときは右農地につき売買に基づく所有権移転登記手続をする義務があるというべきである。

二、つぎに、原告松村の被告田端に対する請求について判断するに、前認定のとおり原告松村は右農地の所有権移転につき北海道知事の許可を受けていないから、民法第四二三条の規定にいう債権者たるの適格を未だ有しないというべきである。そうすれば原告松村の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

第三、第四五六号事件について

一、被告清藤が昭和二五年六月一四日訴外国から別紙第二目録の農地を、同年四月六日同訴外人から同第三目録の農地をいずれも自創法第一六条の規定により売渡を受けその所有権を取得したこと、原告乙坂が右第二目録の農地を、原告松村が右第三目録の農地をそれぞれ占有していることは当事者間に争いがない。

二、そこで原告乙坂、同松村の抗弁につき検討するに、成立に争いのない甲(一)の第五、第六、第八、第九号証、甲(二)の第一六号証、証人牧野博、被告清藤、同佐藤、同田端の各供述の一部に第一の一、第二の一掲記の各証拠並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、別紙第二、第三目録の農地はもと被告清藤の母ミワが小作していた関係で自創法第一六条の規定により被告清藤が農業をするということで売渡処分があつたものであるが、被告清藤は高等小学校を卒業後自動車運転助手、同運転手をし右売渡を受けた昭和二五年四月当時は札幌市内の北交ハイヤーの運転手として働き勤務先の二階に寝泊りし、時折札幌市川沿町一六四三番地の別紙第四目録の家屋で農業をしていた妻貴美子、母ミワの許へ帰つていたこと、当時右家族の手で前記土地を含め田畑約二町七反(二六七七六・八五九四平方メートル)を耕作していたが、その頃妻貴美子が心臓肥大症のため農業ができなくなり、母ミワも老令に達していたため、被告清藤夫妻は右土地を原告乙坂、同松村らに売つて離農することとしたこと、前記第一の一、第二の一に認定したとおり昭和二五年九月九日頃原告乙坂に対し別紙第一、第二目録の土地及び同第四目録の建物を、同二六年四月一七日頃原告松村に対し前記北の沢一八一九番地の二畑六反一二歩(五九九〇・〇八二六平方メートル、別紙第三目録の土地は右の一部である。)をそれぞれ売却し、いずれもその頃代金全額を受領しかつ土地を任意引渡したこと、被告清藤およびその家族は居住家屋を原告乙坂に売渡したので昭和二五年一一月初頃札幌市南四条西四丁目岡田アパートに転居したこと、その後も被告清藤はタクシー運転手をし昭和三六年四月二二日個人タクシー営業の免許を受け、以来個人タクシー業をしていること、被告清藤は昭和二八年頃妻貴美子と別居し、昭和三八年五月札幌家庭裁判所で離婚の調停が成立したこと、その間被告清藤は昭和二八年から同三七年までバーを経営している訴外山理ハナエと同棲していたこと、従つて被告清藤およびその家族に農業に従事する構成員がいないこと、他方原告乙坂は高等小学校卒業後生家の農業を手伝い、二八才にもなつたので実兄乙坂甚吉から分家独立のために別紙第四目録の家屋とともに同第一、第二目録の土地(第一目録の土地は右家屋の敷地である。)を買受けてもらい、爾来右家屋に妻と子二人と共に居住し第二目録の農地に排水路を設置する等の改良を加え右農地からの収入のみによつて生活していること、原告松村はもともと農業を営んでおり別紙第三目録の畑は自己の所有地と地続きであるところから被告清藤より買受けたもので、農業に精進していること、原告両名は右各土地を買受けた後被告清藤に対し再三任意に北海道知事に対する許可申請手続および所有権移転登記手続に協力するよう要請してきたが、被告清藤は右各手続が同被告の協力なくしてはできないことをたねに原告両名に対し売買代金以外の多額の金銭の交付を暗に要求し、親類の不動産業者である被告佐藤富治と相謀つて昭和三八年一月二六日別紙第一ないし第三目録の土地に右佐藤を権利者とする売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をつけ、原告乙坂から昭和三八年一〇月末頃被告佐藤に対し金七〇万円の金員の交付をさせ、同年一一月六日右第二目録の農地についてのみ佐藤の仮登記を抹消して原告乙坂のため仮登記をつけたのに拘らず、その後売買の事実をも否定して本訴におよんだものであること、別紙第三目録の土地についても被告清藤は、同佐藤、不動産業者訴外牧野博、被告田端と通謀して昭和三八年一一月九日前記被告佐藤の仮登記を抹消し、同日新たに被告田端のため売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記(原因同年一一月八日売買予約)および抵当権設定登記(原因同年一一月八日金銭消費貸借についての同日抵当契約、債権額金三〇〇万円、弁済期同三九年一一月八日)をつけ、その後前同様原告松村との間の売買の事実をも否定して本訴に及んだことが認められる。被告清藤、同佐藤、同田端、証人牧野博の各供述のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすく信用できない。なお乙第二三号証の記載は、昭和三八年八月一〇日右牧野の預金口座から金五〇万円が引出された趣旨のものであつて、牧野の預金口座に被告田端から同日金五〇万円が送付入金されたとの被告田端の主張の裏付けとなるものではない。他に前認定事実を左右すべき証拠はない。

以上の諸事情からすれば、被告清藤が原告両名に対しそれぞれの占有する前記各農地の引渡を請求することは信義則に反しかつ権利の濫用にあたり到底許されるものではないというべきである。

第四よつて第二九八号事件の原告乙坂の請求は全部正当であるからこれを認容し、第七二四号事件の原告松村の請求は、被告清藤に対する部分は正当として認容し、被告田端に対する部分は理由がないからこれを棄却し、第四五六号事件の被告清藤の請求は全部失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条、第九二条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹)

別紙

第一目録

札幌市川沿町一六四三番地の四

宅地 一九五坪(六四四・六二平方メートル)

第二目録

(一) 札幌市川沿町一六四三番地の一

畑 一反三畝一五歩(一三三八・八四二九平方メートル)

(二) 同所同番地の二

田 三反(二九七五・二〇六六平方メートル)

(三) 同所同番地の三

畑 五反(四九五八・六七七六平方メートル)

第三目録

札幌市北の沢一八一九番地の二

畑 四反九畝一一歩(四八九五・八六七六平方メートル)

第四目録

札幌市川沿町一六四三番地

(一) 木造柾葺平屋建住宅 一棟

建坪 二九坪五合(九七・五二平方メートル)

(二) 木造柾葺平屋建物置

建坪 六坪(一九・八三平方メートル)

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